2016年02月29日

幻の朝焼け

2011年3月11日。あの大震災を目のまえにして、それまで見ていた地球上の山や川、海などの風景は決して永遠ではないということを思い知らされた。その時「自分に出来ることは何か」と自問自答し、今の風景を写真の記録として残せないだろうかと考えるようになった。

足元に目をやると小川原湖という青森県で一番大きな湖が広がる。写真のテーマとしてはあまり知られていない湖ではあるが、きっと自分でも気が付かない何かがあるはずだ。

そこで私は敢えて自分に試練を課してみることにした。
「この湖に一年間、もうこれ以上撮れない、という極限まで挑戦したら、いったいどんな写真が撮れるのだろうか」と。

2011年10月。私はそんな思いでまだ真っ暗な湖畔に一人じっと立ち、はじめての夜明けと向き合っていた。そして何度もなんども通っていくうちに、この湖だけが持つ魅力にすっかりとりつかれることとなった。

「知らなかった、小川原湖にこんな光景があるとは。」
遠い地平線の彼方から、神秘的に夜が明けていくその時空に飲み込まれ、時として宇宙空間を感じさせられるシーンとの出会いでもあった。

時が流れ、ふと気がつけば「一年間の限定」という自分に課した時間をはるかに超えて、私は今日も夜明けの小川原湖畔に立っていた。

■個展DSC_4071-2013-04-24.jpg

【写真説明】
2011年10月10日5時34分 東北町 小川原湖中央桟橋
湖面が鏡のように真っ赤に焼けた空を映し出し、立っている私は足元から頭の先まですっぽりとその世界にのみこまれてしまった。
まるで幻かと思わせるこの朝焼けは、後にも先にもこの時だけだった。
posted by Yasuji Nakano at 09:50| Comment(0) | 湖畔の夜明け

2016年02月25日

消えた水平線

それは寒いというよりは、痛さを感じさせる朝だった。

真冬の夜明けの撮影にもようやく慣れたとは言え、この日の朝は経験したことがないような寒さだった。そのせいだろうか見慣れた小川原湖も、水平線は消えて湖面から煙が沸き上がるような見たことも無いシーンを創っていた。

湖面の雪も、輝く白い砂のようにサラサラとして、その光景を目の当たりにした私は我を忘れてカメラのファインダーに向かっていた。

ふと手元を見るとカメラが真っ白になっている。
初めての経験に頭が混乱したが、しばらくして自分の呼吸する息が凍ったものだと分かった。すべてが初めてのこの朝の経験に、私は心を奪われっぱなしだった。

撮影帰りの車にニュースが流れた。
「この朝、青森県は最低気温の記録を更新した」と。

手元の温度計はマイナス17度をさしていた。

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【写真説明】
2014年1月18日7時56分  東北町 小川原湖中央桟橋付近
今まで遭遇したこともない光景を目の前に、「落ち着け」と自分に言い聞かせながら必死の思いでシャッターを押した。
posted by Yasuji Nakano at 15:10| Comment(0) | 湖畔の夜明け

2016年02月22日

彼方への道

もう夜明けに何度向き合ってきたのだろうか。

私はいつも暗いうちに現地に着いて夜明けを待つ。
人間も寝静まりまだ活動をはじめる前、音は何も聞こえない。
光も無い。車もいない。その世界に生命を感じさせるものは、何もないとさえ感じさせる湖畔の夜明け。

私はそんな世界にぽつんと一人立っていた。
ふとこの地球上にいるのは、自分ひとりだけかもしれないという錯覚さえおぼえる。それはまさに「神秘的な夜明け」という言葉がぴったりだ。

暗闇にもようやく目が慣れ、あたりを見回すと漁師が作った桟橋に降ったばかりの雪が積もっていた。真っ白な衣に包まれながらずっと沖へとその道を伸ばしている。

足跡もなく柔らかそうな雪に心惹かれながらシャッターを押しているうち、ふとこの桟橋は空に向かって伸びているように見えた。

まだ誰も歩いていないこの雪の道。その彼方には何があるのだろうか。
私の心は未知の世界へと走っていた。

DSC_0764-a.jpg


【写真説明】
2016年1月14日 6時25分  東北町 小川原湖 中央桟橋付近
幻想的な世界に、ずっと彼方まで伸びる桟橋。奥行き感を出し平凡な写真にならないように、アングルをかなり低くして撮影した。
posted by Yasuji Nakano at 08:40| Comment(0) | 湖畔の夜明け


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